「青い珊瑚礁」はなぜ名曲なのか

 2024年の6月下旬、韓国アイドルグループのNew Jeansが、東京ドームでファンミーティングのイベントを行った。中盤ではメンバーがソロで歌う場面もあるのだが、そこでハニというメンバーが、なんと松田聖子の「青い珊瑚礁」を歌い、その時間帯がこの日のセットリストの中で一番盛り上がったという。僕はもちろんこのグループを知らなかったし、ハニという女の子もYoutubeで初めて見た。

 21世紀の現代、コンサート会場では、昭和の頃にアナウンスで流れた「コンサート会場にカセットテープレコーダー及びカメラの持込は固くお断り・・・」どころか、大半のファンがムービーを撮ってYoutubeにあげてしまう。もう著作権もへったくれも無い時代になってしまったわけだが、そのおかげで、僕もそのバズってるらしい「青い珊瑚礁」をいくつものバージョン(別々の人たちが様々な座席で録った動画を勝手にアップしている)を見ることができたわけだ。良い時代だ。

 鑑賞してみると、確かにイントロが流れた瞬間、そして「あ〜わたしの恋は〜」と歌い始めた瞬間における会場のどよめきと歓声はビリビリ伝わってくる。80年代当時に松田聖子がコンサート会場で歌う時には、親衛隊(追っかけの熱烈ファンのこと)がBメロで4拍目ごとに揃って声を上げていたパフォーマンスまでそっくり復活している。

 日本の大衆文化が韓国で開放されたのは1998年だそうだ。それまでは日本文化が好きな人は自費でビデオを購入して、独自に愛好者たちを集めて上映会などを開いていたらしい。

 その話を聞くと、日本と韓国の音楽関係は欧米と日本のその関係によく似ている。僕ら、1960年前後に生まれた世代は欧米のロックに憧れてレコードを聴き、時代が進んでビデオが普及するとブート(非合法の海賊版)ビデオを購入したりして楽しんだものだ。ちょうど韓国にとっては80年代の日本の歌謡曲は、日本人にとっての60〜70年代の欧米ロックと同じ存在、憧れなのだろう。

 僕はYoutubeに上げられているハニが歌った東京ドームでの「青い珊瑚礁」をApple Vision Proの大画面で見たが、一面星空が拡がるバーチャルの環境にYoutubeのディスプレイが浮かんでいる状態にしたので、その没入感も相まって感動極まり涙が止まらない。ボロボロとこぼれてくる。もちろん楽曲そのものが素晴らしいことは言うまでも無い。作詞は三浦徳子、作曲は小田裕一郎、編曲は大村雅朗である。それにしても東京ドームの客席から観客がスマホで撮影した画像と音声だから、その映像、音響のクオリティなんて推して知るべしだ。それなのにこの驚くべきパワーは何なのだろうか。

 分析してみると、やはり “懐かしさ” ということになるだろう。その証拠に80年代当時、リアルタイムのテレビで散々聞いたこの曲だが、その頃は感動して泣くなんてことは一度も無かった。実際に先日、22歳の元教え子に「青い珊瑚礁」を聴いてもらって、「好き、嫌い、何も感じない」の三択で感想を答えてみてと言ったら、彼は少しも迷わずに「何も感じない」とクールに即答した。

 人間、長生きはするものだ。長く生きれば生きるほど、想い出の量は高く積み上げられ、ちょっとした事がきっかけで当時を思い出し、胸にこみ上げてくる感動の洪水に飲み込まれてしまう。
 ただ、Youtubeには80年代当時に初々しい松田聖子が歌っている動画もあるので見てみたのだが、実は感動で涙が出るということは無かった。松田聖子が歌ったあの時代から40年以上の時が流れ、なおかつ海を渡った別の国の若い世代の人が日本で歌って東京ドームがどよめくという現象が、リアルタイムを知っている日本人にとって嬉しいのかも知れない。昭和歌謡の時代から平成や令和になり、すっかりJpopは変わってしまった。でもやっぱり心を動かすような、聴いている人を熱くするような昭和歌謡は最強なのだという自分の価値観が具現化された喜びを感じるのかも知れない。東京ドームが強烈な光の洪水で溢れた後、ハニが歌い終わって照明が一旦落ちて暗転しても、どよめきはしばらく続いていたほどだ。

 さて、では「青い珊瑚礁」がなぜ名曲なのかを、音楽理論を踏まえて分析してみよう。

 まず、この曲は一般的なイントロの後にドミナントのE7でストリングスの駆け上がりがあってサビのメロディに突入する。譜例は著作権に触れるためにコード表記で書いているが、ギターやピアノが弾ける人ならこのコードを弾けばすぐに歌えるだろう。

サビ譜例


 実はこのコード進行の中でとても効果的なのが7小節目のGだ。青い珊瑚礁はAメジャー(イ長調)の曲だからGはサブドミナント・マイナーの代理コードということになる。この時に歌詞のメロディはドの♯を歌う。歌詞で言うと「走るわ」の部分の「しいるわ」にあたる。ちなみにこの曲の中で出現する最高音はこのドの♯だ。これをGのコードの上で使うということは♯11thという響きとなり、不協和で、とても刺激の強い音になる。

 サビが終わって、Aメロに入ると、ほぼサビと同じようなコード進行で低い音域のメロディが歌われる。

 16小節のAメロが終わるとシンコペーションする半音下行を経由してBメロに入る。


 ちなみにここからリズムパターンが変わって、観客は4拍目に揃ってかけ声を上げるのが80年代当時からのお決まりだ。そしてここでもBメロが始まってから6小節目にサブドミナント・マイナーのDmが使われている。ここは前のコードのBm7をそのまま使っても違和感は無いのだが、サブドミナント・マイナーを挟むことによって、上手く気分の揺れを表していると言える。
 もしもクラシックの和声学を習得した人なら、Dmではなく間違い無くBm7b5を弾くだろう。しかしそんな小難しい変化球ではなく、その根音を省略して素のDmを直球で弾いてしまう所がポップスの大胆な所であり、魅力的な部分である。

 ちなみにサビという言葉は、日本では一番盛り上がってみんなで大合唱を繰り返す部分のことだという認識がある。しかし、本来はサビというのはその曲の中で一番グっとくる箇所のことを指すらしいのだ。その意味で言えば、この曲のサビは冒頭の16小節全体を指すのではないと思う。本当の意味でのサビとはBメロの最後、歌詞で言うと「あなたが好き!」の部分、もっとピンポイントで分析すると、「が」の音符だろうと思う。そういう意識でこの部分を歌ってみると理解してもらえると思う。
 演奏ではいかにも気分が高揚するようにストリングスが駆け上がっていき、それに呼応するように、着飾ることもないストレートな言葉で「あなたが好き!」と畳みかけるのは上手い。

 実際にハニという子が東京ドームで歌った時も「あなたが好き!」の箇所は意識した振付や仕草をしていた。客席を指さしたり、左目をウインクしたりしている。ステージ後方に設置してある大型スクリーンでもアップでウインクする仕草を映していた。狙っているのだ。それを見た観客がオ〜と盛り上がって、一般の人が言う所のサビである「あ〜わたしの恋は〜」に突入していく。もうこの部分は喩えて言えば花火が空高く打ち上がって余韻で大空を舞っているような気分になる箇所である。ステージ照明も光の洪水のように華やかさ全開だ。
 昔「音楽の正体」という番組で聞いた言葉だが、「音楽における感動は、緻密に計算しつくされた上に、巧みに仕組まれているものである」。

 これを読んで気になった人は、是非Youtubeで「ハニ 青い珊瑚礁 東京ドーム」などのキーワードで検索して見てみるといいだろう。

2024年7月21日

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