
まさか、こんなことを自分のホームページに書く日が来るなんて思いもしなかった。1月25日に友人からの一報があり、その後、ご遺族からの正式な発表があった。原因は「病気」としか書かれていない。
信じられない。あんなに健康そうな人で、食事の時間もかなりきびしくコントロールしているとも言っていたのに。到底信じることはできない。
あなたは死んではいけない。絶対に死んではいけない人だ。セゴビアのように90歳になってもステージでギターを弾いてなきゃいけない人だったんだ。
僕と彼は同い年で、2026年1月には64歳になっていた。僕がロックバンドを作ることを夢見て大学生になった1981年、世の中はすでにハードロックの流行が終わっており、若者はクロス・オーバーに傾倒していた。後にフュージョンと呼ばれる音楽で、ロックとジャズが融合したジャンルだ。ラリー・カールトンやTOTO、ジェフ・ベックのソロアルバムなんかが人気だった(ジェフ・ベックも2023年の1月に細菌性髄膜炎で死去している)。
僕はロックバンド結成を諦めて、クラシックギター・アンサンブルの愛好会に入った。そこで先輩方が語っていたのが山下和仁氏の「展覧会の絵」のレコードだった。1980年の秋に発表されて、81年には積極的にリサイタルで演奏されていた。今でも新宿文化センターで初めて聴いた時のことを覚えている。とても教科書的な演奏姿勢とは言えないような弾き方に面食らったものの、その圧倒的なテクニックに衝撃を受けた。
当時、彼の楽曲解釈においては批判もあった。アレグロやプレストなどの速度指定の楽曲を人間離れしたようなハイスピードで演奏したものだから、固定観念の強い評論家からは「まるでテープの早回しを聴いているようで、とても音楽的とは言えない」などの評論だ。
しかし山下氏の素晴らしさは常人離れした速弾きだけではなく、ゆったりとした楽曲のその歌わせ方、アーティキュレーションにもあると思う。音色を巧みに使い分けして、今まで気が付かなかったその曲の魅力を教えてくれた。どの曲を聴いても不自然な流れというものが存在しない。
21世紀も10年過ぎた頃、彼がギター独奏に編曲した「展覧会の絵」や「新世界より」を全曲再現演奏できるギタリストが出現してきた。テレビ録画やYoutubeの動画でも見てみたのだが、やはり違う。難所は丁寧にブレーキをかけて破綻しないよう慎重に演奏しているのがわかる。それに比べ山下和仁氏は、まるで何かにとり憑かれたかのように、ブレーキなんかとっぱらい、多少のコースアウトも気にせず、アドレナリン・フルパワーで駆け抜けていく。その豪快さが気持ちいい。たぶん、ヴァイオリニストのパガニーニやピアニストのリストってこんな感じだったんだろう。僕にとって彼はロックギターのヒーロー、ジミー・ペイジやリッチー・ブラックモアと同格だった。アイドル、太陽と言ってもいい。
2011年にスティーブ・ジョブズが亡くなった時に「ああ、今日からはスティーブ・ジョブズがいない世の中を生きていくしかないのか」と重たい気持ちに襲われたが、山下和仁氏も同じだ。もう太陽は無くなった。これからは自分で明かりを灯さないといけない。
上の写真は1982年に発売された「渡辺香津美 山下和仁 ギター対話」という書籍だ。そう、渡辺氏も2024年に脳幹出血を起こし、数ヶ月後に意識は戻ったものの、ギタリストとして復活はできていない。人生は素晴らしいが残酷な一面もある。
2026年2月21日
