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No.8 耳は慣れる? 慣れない?

 2004年の夏,北海道のAUGM(アップル・ユーザーグループ・ミーティング)において,Macで音楽クラブがGarageBandのデモをやることが決定したので,その曲を作ってみた。作詞作曲ともに自分。
 どうしても作詞の部分でうまく言葉が入らないので,友人のH氏に意見を聞いてみた。ところがH氏は,歌詞の話よりも,この曲には聴くに堪えないディスコード(不協和音)があると指摘した。もちろんそれは私も分かっている。分かっていてやっている。確信犯とも言えなくもない。少し曖昧にしているのは,自分でもこれは行き過ぎかな,いや,このくらいのほうが面白いだろう,という2つの考えをいったりきたりしているからだ。
 是非皆さん,聴いてみてください。その個所はアナログシンセでメロディが始まる前のイントロ部分,楽器はオーバードライブのかかったギターです。下のQuickTimeのプログレスバーが見える場合は再生ボタンをクリックしてください(ダウンロードに少し時間がかかります)。もしもプログレスバーが見えない人はその下にあるリンクをクリックしてください。

 

 どうでしたか。違和感を感じましたか? 何も感じませんか? 逆に面白かったですか? 
 何の事を言っているのか,ちっとも分からないという方のために詳しく説明しましょう。
 

 
 
 問題となっていたのは以下の楽譜の3小節目,「ファ ラ〜〜〜」とギターが弾く部分(開始12秒付近)。その部分のMP3ファイルも配置しておきますので楽譜を見ながら聴いてみてください。ギターの音量を多少上げてわかりやすくしています。プログレスバーが見えない人はリンクをクリックしてください。

 
 

オリジナル

 
 

このフレーズは私がギターでアドリブを弾いたものを耳コピして採譜したもの。その時この不協和音は気にはなった。Eのコードで主音から数えて4度の音のラだから3度とは半音でぶつかる,いわゆる“アボイドノート”である。しかもそのアボイドノートへコード構成外音から跳躍で飛び,長い拍数伸びるのである。でも,もともとコード進行自体がドミナントからサブドミナントを経由してトニックに行くなどという逆進行の曲だし,これはこれで面白いかなと思って故意にそのままにしておいたのだ。私だって,この部分がひっかからないわけじゃない。特にピアノやオルガンで演奏したら気持ち悪いし,しばらく休んでから聴くと,この個所を通過する時に「おや?」と思う。しかし今回の例のように不協和音が違う楽器で演奏された場合,続けて2度3度と聞き返すうちに耳が慣れてきてしまい,あまり不自然に感じなくなるのだ。
 この耳が慣れるという言葉は古い友人で初見演奏が大得意の人からもよく聞いていたことがある。しかしH氏はこの部分は絶対に変だと言って譲らない,100万回聴いてもおかしい響きだと言い張る。「この曲を100人に聴かせてみな。そのうち50人は変な響きだと言うはずだよ」。
 実は私もこのアウトさが行き過ぎかなと思って,以下の譜例のようなパターンも考えた。

 

修正済み

 
 

 ファとラの間にコード構成音のソを入れて順次進行にすれば,さほどショックはない。しかしそれでは今度はまともすぎるような気がしてくる。せっかく刺激的なスパイスが振ってあったのに,ミルクかヨーグルトを入れて馴染ませてしまったような感じに聞こえるのだ。
 

 
 
 そこで私は2つのバージョンをいろいろな友人に聞いてもらい意見を求めた(この時に楽譜は提示していない)。その結果は私の予想をはるかに上回るものだったのだ。私の予想は「どっちでもいいんじゃないのかな」とか「オリジナルパターンよりは修正パターンのほうがいいかもね」とか「オリジナルパターンのほうが面白くていいんじゃないの」みたいな反応だった。ところが返ってきた反応は「この2つはどこが違うんですか? 分からないんですが」というものだった。「イントロのギターのメロディが違うんだよ」とヒントを与えても,違いにまったく気づかない人が現在95%である。この事実は逆に私にとって大きなショックだった。あれだけ自分でも悩んで,わざと不協和音にしておいたのに,一般の人には何にも感じないなんて! 
 H氏はさらにこうも言っている。「じゃあド素人の一般人には分からない問題だからと言って,その初心者の“低レベル”に合わせた作曲をしてりゃいいのか」と。
 いや,違う。そういうわけではない。すべてを綺麗にしすぎるとそれはそれで印象がどんどん無くなってしまうような気がするのだ。キレイ過ぎて何にもひっかからないというかね。