10月2日(水曜日)曇り時々晴れ

 どうやら10月29日(火曜日)あたりにAppleの製品発表会が行われるのではないかという情報が入ってきた。いよいよMacProの発売アナウンスがあるかな。確実視されているのは新しい16インチのMacBook Proらしい。それと新型のAirPodsも出そうだ。僕は突発性難聴を経験して以来、ほとんどヘッドホンやイヤホンをしてこなかったのだが、2週間くらい前にドラクエウォークというゲームを始めてからは、ウォーキングの時にAirPodsを付けるようになった。やはりすぎやまこういち氏の音楽を聞きながら歩き、戦ってこそドラクエだものね。それと、iPhoneを使って無くし物を探せる「忘れ物タグ」も出て欲しいな。

10月6日(日曜日)曇り時々晴れ


 相変わらずドラクエウォークにはまっている。おかげで食後の散歩が日課になったので健康を保てていると思う。このゲームは基本的なストーリーの他に期間限定で別のサイドストーリーに寄り道することができる。今配信されているサイドストーリーはドラクエ1の世界。つまり竜王が復活して世界を脅かしている。そこで勇者はロトの印、雨雲の杖、太陽の石などを持って虹の架け橋を作り、竜王の城へ乗り込んで、竜王を倒さなければいけない。僕はこの日、やっと竜王の城へ入った。十分にレベルを上げていたので、危なげなく竜王撃破。さあ、これからは繁華街に出現するメガモンスターとしての竜王を倒さなければな。
 ところで、竜王と対面した時に、竜王はあの有名な台詞を勇者に話す。「わしの仲間になれば、世界の半分をおまえにやろう。どうじゃ、わしの仲間にならないか」。この質問に対して「いいえ」と「はい」の二択になっている。もちろん「いいえ」を選んで戦い始めるのだが、ファミコンやスマホで遊んでいて「はい」を選ぶと、竜王は「そうか、これでおまえの旅は終わった。ははは」と言って、レベル1,装備ゼロになって振り出しに戻ったりするはず。果たしてスマホのドラクエウォークでこれをやったらどうなるのか、興味あったが、さすがに「はい」は怖くて選択できなかった。

10月7日(月曜日)曇りのち雨


 話題の映画「ジョーカー」を日比谷で鑑賞してきた。なんと封切り4日後だけど、パンフレットは完売とのこと。この現象は「シン・ゴジラ」以来。まあ、もう一回は見に来るからその時に買うことにしよう。
 さて、映画はどうだったのか。素晴らしい出来。特に撮影と音楽に満足。音楽はオーケストラサウンドからクリームの「ホワイトルーム」までいろいろな曲が使われている。そして“やってくれたか”と関心したのが、人を傷つけると返り血を浴びる、つまり人間から血が出るという描写。実はクリストファー・ノーランのダークナイト3部作では殺人や暴行シーンで血はいっさい見せない。最近の映画では子供の教育と興行収入を考えて、暴力シーンでは血を描写しないために、ちっとも現実感が無いと思っていたところだ。「ジョーカー」ではR指定にしてでも、血は見せたかったのだろう。ジョーカーの白塗りした顔に赤い返り血が飛び散るのは恐ろしいが美しくもある。
もちろん、こんな映画は子供に見せるべきではないという意見がある。僕はそうは思わない。見たいのならバンバン子供に見せればいい。僕らの子供時代、小学生や中学生の時に永井豪のデビルマンを読んでいた。だからといってあのマンガが原因で異常者になった友人はいなかった。今は臭い物に蓋をしすぎだろう。トラウマになったっていいんじゃない? よく大人になってから「いや~、あれは子供心にトラウマになったんだわ~」っておじさんたちが楽しそうに話したりするでしょ。
 それと、匿名掲示板を読んでいると、すべてが夢オチ(妄想)でしたと言っている人がいるけど、そんなこたぁ無い。そりゃ深読みのしすぎ。最近のJpopの歌詞がまったくつじつまが合っていないために、勝手にああだこうだと解釈するのが流行のようだが、この映画をすべて妄想だと片付けるのは無理矢理過ぎる。妄想とハッキリしているのは、シングルマザーの住人とちょっと良い関係になったという所と、バラエティ番組で司会者に褒められハグされた所くらいだと思うな。
 最近の映画で「この映画は予測不能」とか「誰も思いつかないラスト5分のどんでん返し」とかいうキャッチコピーをよく目にするが、この映画はそれらとは真逆だ。社会に無視され続けた男が予定調和のようにジョーカーになっていく課程をじっくりじっくり丁寧に描いていく。映画「タクシードライバー」に共感する人には絶対にお勧め。

10月10日(木曜日)晴れ

 ネットの匿名掲示板を見ていると、興味深いスレッドがあった。「ストリーミング時代の音楽はイントロ無しが当たり前?」というタイトル。箇条書きになっていて、 1. さらば、イントロ(20秒→5秒に) 2. 曲名は短くなった(スマホの画面に収まるように) 3. リフレインは突然に(スキップされて別の曲に進まないように) 4. ソロはどこへ消えた(楽器が弾けません) 5. 曲自体も短くなった (どうせ長くてもスキップされる) 6. プアなミックス(どうせイヤホンで聴く程度)などなど。もう本当にポピュラー音楽は滅びの一途を辿っている。なーにがストリーミング時代のビジネスモデルだよ。はたして音楽を教えるという職業をあとどれだけやっていられるだろうかと、ふと考えてしまう。

10月14日(月曜日)雨


 12日の台風19号が猛威を振るった日にNHK-BSで放送されたドラマ「八つ墓村」を録画再生で鑑賞。金田一耕助役は吉岡秀隆、事件に振り回される青年、辰弥役を村上虹郎、辰弥を八つ墓村へ案内する森美也子役を、真木よう子が演じている。僕は原作を読んだことがなく、1977年に松竹で制作された映画版しか見ていない。渥美清が金田一耕助役という信じられない配役だったが、辰弥を演じる萩原健一が渋かった。この松竹の映画では原作の設定を大きく変え、犯人の動機も違うし、重要なメモも残されない。その代わりにホラー映画かと思わせるほど、落ち武者の無念が描かれ、独特の音楽と共に背筋がぞっとする恐怖を味わえる。ミスキャストかと思った渥美清演じる金田一耕助がエピローグで淡々と事実を補足していくのも怖かった。
 松竹の映画に比べると、今回のNHK版は原作にわりと忠実だったようだ。でも、どうしても吉岡秀隆演じる金田一耕助に違和感が残ったまま終わってしまった印象がある。金田一の声ってもっと低い方がいいと思うんだよね。やっぱり三丁目の夕日の売れない小説家の印象が残ってるのかな。ただ、多治見要蔵が気が狂って村人たちを襲うシーンは凄かった。映画ジョーカーでもそうだが、ちゃんと流れる血が描写されている。他にも、これってNHK?と疑うような濡れ場もあり見応えは十分だった。

10月17日(木曜日)雨


 先日、NHK-BSで鑑賞した「八つ墓村」に影響されて、今一度、東宝の問題作、市川崑監督による1996年の「八つ墓村」を検証してみたくなって、レンタルしてみた。金田一耕助役は豊川悦司である。確か、封切りの時は映画館に多大な期待をして行ったのだが、がっかりして帰ってきた想い出がある。あらためて鑑賞してみて、これって本当に市川崑監督の作品なのだろうかと疑問を持ち始めた。いくら何でもすべてが違いすぎる。まさか体調が悪かったか、ビジネス上の折り合いがつかず、実際は別の監督が撮って、名目としては「市川崑」ということにしたんじゃないかとさえ思ってしまう。脚本、演出、演技、音楽、すべてがそれまでの「犬神家の一族」や「悪魔の手毬唄」などと比べると違いすぎるのだ。映画芸術は1990年頃から映画産業になった。市川監督の「八つ墓村」は製作が東宝、角川書店、そしてフジテレビと3つの会社の合同によるものだ。当然ながら各社が売り込みたい内容が違っていたり、まとまらない意見の対立、コストの限りない削減もあったであろう。それでも、これはねえ・・・・。

10月21日(月曜日)雨


 1978年にTBSでドラマ化された「八つ墓村」をAmazon Primeで見てみる。金田一耕助役は古谷一行だ。1時間番組5回でストーリーが進むため、話の展開が遅く、じれったく感じる時もある。ラストが原作とは正反対でバッドエンドだというのは、情報では知っていたが、描写の仕方でそれほど暗くはない。美也子役の鰐淵晴子が妖艶で美しいし、日和警部役の長門勇もいい味出している。ただ音楽がどうにも今ひとつなんだがな。